2012年

3月

24日

今、原稿を書くこと(2011/10/24)

今、原稿を書くこと(2)

2011/10/24


◇ネットは、書きたいことがかけるし、世界中の誰でも閲覧可能である。素晴らしいメディア・インフラだと思う。ネットで書く文章は、誰から頼まれたものではなく、自分の意志を書きたい人が書いたわけだから、すべて書いた人の本当の気持ちが伝わる。それは間違いないだろう。


◇しかし、それまでも感じていたが、311東日本大震災の時に確信を持ったのは、ネットで当たり前になっていることが、必ずしも世の中全体に伝わっていない。ネットのマジョリティと、世の中のマジョリティは違うということ。ネットのヘビーユーザーは全体の3割り程度だろう。その3割の中で更に目立つ人たちが多数いて、どんなテーマでも、同じような人が行う発言が多数を占めたりする。この動きだけを見て、世の中全体の動きだと思うと間違えることがありそうだ。


◇ネットでは、自由に好きなことを書けるし、誰もが閲覧することが出来る。しかし、ネットの世界で情報を閲覧している人は、それを選んで読んでいるので、よほどのひねくれた人でなければ、自分の考えやセンスの違う人のサイトを丁寧に閲覧したりはしない。つまり、僕がネットで何を書こうが、読んでくれる人は、最初からの僕の理解者か、好意的に思ってくれる人が大半だろう。それはそれで嬉しいものだが、それだけで良いのか、という思いも同時にある。


◇一般メディアに原稿を書くとは、そこに、そのメディアが抱えている読者層があって、そこで表現するとは、その観客に向かってパフォーマンスするということである。僕のことを知らない人たち向けにアピールすることだから、当然、外したり批判されたり無視されたりするだろう。しかし、コミュニケーションとは、異質な人たちに理解を求めていく作業ではなかったか。そうやって自分をさらしながら、自分の過ちをチェックしていく作業ではなかったか。


◇本来、両方必要なんだと思う。内側にこもって深みをつけていく作業と、外側に出向いて、広がりを求めていく作業の。今、この文章は、内側の「仲間」向けに書いてる(笑)。ここで、自分なりに確かめられたものを、無関係の世の中全体に晒していく必要を感じている。

 

 

 

 

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